× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
新劇場版エヴァンゲリオン 序 及び 破 をやっと見た。
久々にアニメを見て盛り上がった気がする。最近のアニメを見て今一盛り上がれない自分がいるので 「ああ、年だなぁ」 なんて感じていたのだけど、この作品を見て 「まだだ!!まだ終わらんよ!」 てな気分になれた。 とまあ気持ちの面ではそんなところだが、やはりテレビ版を見ていたほとんどの人に取って気になるシーンがてんこ盛りなことがそそられた。 個人的には使徒の存在、エヴァを動かせる理由、ひとりだけ名前の変わったアスカ。 勿論疑問はこれだけに尽きないが、今回はこの三点に絞って自分の感想や妄想を述べていきたい。 まず、使徒という存在について。 使徒は、前作ではあくまで怪獣の延長戦のようなものとして表現されていたように思う。しかし今作では、使徒全体がどこか人間臭く表現されているように私は感じた。それはテレビ版での使徒が終盤ギリギリに至るまでその内面のようなものを描かれることがなかったからかもしれない。しかし、今回 破 におけるまでに現れた七体の使徒には、 まるでそれぞれが明確な意志を持っているように感じられた。それが、果たしてテレビ版で最後の使徒だったカヲル君にどう繋がるのか。次回作 Q 、そして最終章における展開が気になる材料のひとつではある。 次にエヴァを動かせる条件。 テレビ版では母親というチルドレンに近い魂がエヴァとの中継ぎをするような形で動かしているように見受けられたが、今回ではマリという新たなチルドレンがコアの変換なしにエヴァを動かしている。アスカにしても、参号機に搭乗する際はそのまま乗っていたような印象を受けた。エヴァという人造の神を動かす条件。それが今作においては、テレビ版とは違う条件、ひいては今作における重要なキーワードになる気がしてならない。 最後にアスカの名前。 テレビ版におけるアスカは惣流・アスカ・ラングレー。新劇におけるアスカは式波・アスカ・ラングレー。彼女を見て、私はこの新劇の世界がテレビ版の世界がやり直された世界ではないかと感じた。勿論赤い海や、月の血痕という分かりやすい点もあるが、彼女だけが違うという点がそうなのでは、と私に感じさせた。 にしてもエヴァ放映当時自分は小学生。…随分と時間が過ぎてしまった。 PR |
|
トラックバックURL
|